急な坂でチェルフィッチュ海外ツアーのトーク

 6月29日の金曜日、仕事が定時にあがれたので横浜くんだりの急な坂スタジオまで中野成樹さんが岡田利規さんにチェルフィッチュのヨーロッパ公演について問いかけるというこれは見に行かなければいかないだろうというトークショーに行ってきました。

 ヨーロッパの舞台芸術マーケットに作品を売ることが作家活動を継続する上でとても有益だ、という認識にたちつつ、しかし、ヨーロッパに渡ってしまうことも、ヨーロッパのシーンのあり方に染まってしまうことも、潔しとしないというスタンスを岡田さんは明確に示していて、ちょっとこういうスタンスって演劇では今まであまり無かったんじゃないかと思ったりする。

 ヨーロッパでは演劇に金がまわってくるシステムができているけど、それを見に来る人種はいかにも教養がある層に固まっている。金がもらえるのは大変良いことで、そうでないと演劇を続けられないけれど、しかし、ヨーロッパのように日本の演劇シーンが変われば良いというものでもないだろうと岡田さんは冷静に語っていた。

 まあ、映画とか、音楽とか小説とかのことを考えると、そういう認識で行動する作家が現れたこと自体はそれほど画期的なことではないのかもしれない。

 でも、大げさに言って岡田さんの作品が海外に売れて、その状況を作家として受益しようと醒めた目で見られる作家が居るってこと自体が、世界史的な大きな転回だよな、とか世界のこととか良く知らないながらに思った。

 聴衆の質問に答えて、ベルギーに行っているときに小説がかけなくなって、それは、考えるための日本語が起動しなかったからだ、という風なことを岡田さんが言っていたのはとても興味深かった。

 世界のどこの国のどこの地域だってそれぞれに特殊で、そういう意味では日本の特殊性というのも特別なことではないのに、日本ではなぜか日本は特殊だと思いたがっている。それって卑屈である反面傲慢でもある、という風なことを岡田さんは言っていて、チェルフィッチュの作品が妙に異質なもの珍しさではなく、思いのほか当たり前に面白い舞台として受け取られたってことを通じてそういうことを改めて考えたというのだけど、その上で、やはり、日本に居ないと作れない強度があるってことを感じて日本に帰りたくなったと岡田さんは言っていた。

 結局、現実を現実としてきちんと受け止め、理念を具体化しきるという、まっとうであるがゆえに困難である、その難題を丁寧にこなしているというあたりまえさが、現代的な創造として普遍性をもつ、その当たり前のことが日本の現実のなんたるかを造形してみせてくれていることを有難いものとして享受すべきなのだろう。なんか調子に乗って書いてしまった。

 他にも岡田さんはとても冴えたことを言っていて、岡田さんの演劇論集をきっちりベストセラーにする編集者が居ないとだめだ。