クロムモリブデン『恋する剥製』

クロムモリブデン自体はじめてみるけど、名前は聞いたことがあった。

作風としては、すこしスタイリッシュで軽快だけど、基本は王道の小劇場スタイルというか、80年代以降の良くあるタイプの演劇の範囲に収まっているとは言えると思う。

だから、僕みたいな観客からすると、あまり趣味ではない。まあなので、わりと無責任にたのしんで見た。

王道の小劇場スタイルって書いたけど、たとえば宮沢章夫さんなんかにしてもケラとか鴻上さんとかにしても、劇作家兼エッセイストみたいなポジションというのがある。

わりと、軽快でナンセンスな喜劇的な調子の上に、世の中ちょっと別の視点で見てみると面白い発見があるという風なエッセイスト的な気付きを乗せていく、という風な仕方で、ちょっとした生きづらさみたいなものへの諧謔をちょっとひねって共感しあうみたいな場所としての小劇場という空間って、あったと思うんですよね。そういう意味での、小劇場の王道。もう、このまま続けると消費社会の古典芸能として成立するよなって感じの、王道。

その王道の小劇場って、裏返して悪くいえば、こてこてに保守本流な小劇場って言い換えられるのだけど、そんな風なことを平気で言える自分でも楽しんでみられたのは、やっぱり役者のキャラクターが躍動するままに舞台に造形され定着されていたからなんだろうと思う。

ちょっと様式化されたキャラクターたちが、飛んだり跳ねたり踊ったりする。ってつまり、古典的な意味での喜劇として成り立っているってことなんですよね。

そういう喜劇が、消費社会的な世界を解釈する枠組みとして捉えられたのが、80年代に様式として固まった小劇場ということなんだと思うわけです。クロムモリブデンは、その直系の伝統を芸能として継承しているよな、と思う。

客演の小林タクシーさんも、でたらめな屁理屈で煙に巻く怪しげなキャラを見事に立てていたし、それぞれの女優もコメディ女優として素敵だったし。

おしゃれにはなりきらず、かといって、無粋にもなりきらず、ってあたりの絶妙な線で、ちょっと考えちゃったりもするコメディとして成立していたと思う。

それぞれ魅力的だったけど、役者さんを二人選ぶとすると、男性では、体育教師風の社会科の先生をやってた人(コガ役の小林義典さん?)のコクのある身体性は舞台にアクセントを加えていてよかった。女性ではクロエ役の金沢涼恵さんは良かったですね。

金沢さんの、ちょっと浮世離れしたキャラクターで、教祖的な存在にまつり上げられていくふうな、禁欲的で現世超越的で理想がかった抽象的な語りや、硬いけどぶれない風な、ちょっと世間との間に膜が張られているみたいな表情のあり方とか、とても説得力のある演技で、とても強く成り立っていたと思う。

そういうところのモノローグの書き方とか、演出の立て方とか、作・演した、青木さんの才気を感じさせる。

まあでも脚本としては、一見ばらばらででたらめなストーリーがたまたま隣の部屋だったので全部収束しそうなんだけど、ストーリーとしては収束させずに、移動する壁を駆使して、無声映画スラップスティックみたいに軽快で、でもスピード感ある舞台転換を畳み掛けたアクションで終わらせるというあたりも、ちょっと小洒落ていて、人間の機微みたいなものを剥製って言い換えちゃう風刺なり諧謔なりを、象徴的に形象してみせていたりした。
悪く言えば思わせぶりに煙にまいちゃっている。

そういうあたり、ロジカルには隙だらけでご都合主義で、いいかげんっていってもナンセンスには徹しきれないあたり、そのいいかげんさもどこか不徹底なのはご愛嬌という感じで、そこが良くも悪くもレイト戦後時代の小劇場様式という風情ではあった。

だから、小劇場風コメディを楽しめるひとは楽しんでみたらいい。でも、吉本新喜劇の方がロバストなのは間違いないから、楽しめる人はあらかじめ限られているのかな、とも思う。でも、そこに文句をつけてもあまり意味は無いんだろう。

ところで、こういう考え方は筋が良くないとは思うけど、唐突ながら率直に思ったことを書いておくと、ベンヤミンが『ドイツ哀悼劇の根源』で行った作業って、マイナーな戯曲を丹念に読み解きながら時代を解剖するようなことで、そういう作業を、70年代中頃から始まって、80年代以降に様式として固定されていき、ある種のシーンを細々と継続してきた日本の小劇場演劇の型に対して行う余地はきっと残されているのだろうなあという風なことを思わないでもなかった。

どこかで、皮肉さにリミッターがかかっているのは、きっと、劇場という場所を肯定する仕方が問題なのだろうし、それは、喜劇とエッセイの様式が世界解釈の枠として、折衷的に要請される=サブカル性ってあたりに分析の肝があるような気もするけど、そんなのとっくにマンガ評論とかで萌芽的にではあれ誰かが語っていたことかもしれない。

※出演している小林タクシーさんにご招待いただいて、見た。