家具職人のいた東京

クラシック家具―デザインと製作 (1975年)

クラシック家具―デザインと製作 (1975年)

を読んでいたら、新橋あたりの「烏森から田村町の中通りの舗道に」赤レンガが敷かれていたあたりが、「東京の家具つくりのメッカだった」というくだりがあり、印象深かったのでちょっと引いてみる。

中通りの両側にある横丁や小路に,西洋家具をつくるいろいろな工場があり,大勢のアーティザン(工人)が働いていました.バンド ソーの音,小刻みで小気味のよい木彫の槌音,断続的なバイトさばきとペーパー削りの音,木地固めの音,木を削る香り,膠のにおい,ニスやアルコールの臭気,ズックや乾草の匂い,このような音や匂いのする横町を機械の賃加工部材や製品をのせたサイド カーを付けた自転車が走り抜けて行ったものです.
p.1-10

まるでアウエルバッハが例文に引きそうな、かつての東京を(みたことないけど)髣髴とさせる現実描写。

専門家だけが使うドイツ製の最高級の製図用鉛筆「キャッステル」がその近くで売っていたのを見て、さすがは家具のメッカだ、こんな小さな店にキャッステルがある、と感心したのを覚えている、と書いてその一節は締めくくられている。

まあ、本としては教科書的なんだけど、概括的で即物的でいささか退屈な文章の中にこんな叙情的な情景描写が挟まれていると、そこだけ雲間から光がさして来るみたいで、書き手の息吹を感じるのだった。