蕪村 闇
古典を読むというのは、読まれてきた古典を読むということで、古典が残されてきた歴史を抜きには読めないということでもあって、自分と原典の間にいる人々の多くがずいぶん昔に死んでしまっていたりする。その間に無数の消えていった文字がある。
与謝蕪村のことでは与謝蕪村の夜色楼台図 - 白鳥のめがねとか「対決巨匠たちの日本美術」展の蕪村 - 白鳥のめがねとか、絵を見に行った話を書いたものですが、俳諧のことも含めて、蕪村についてはちょっとずつ勉強したいと思って最近この本を読んでみた。
- 作者: 尾形仂
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/04/14
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さて、「芭蕉と蕪村」という、その名もずばりと江戸時代の俳諧の核心に初心者もまるごといざなってくれる文章はこの集中でも読み逃せないものだろうけど、そこで不意に安岡章太郎の名前が出てくる。
安岡章太郎氏も『文人画粋編』の解説の中で指摘していることですが、蕪村の発句の中には・・・・「己が身の闇より吼えて夜半の月」といった句・・・・あるいは「埋み火もわが名を隠すよすがかな」といった句が見えます。・・・・彼の中には・・・・何か自分の身の中にくろぐろとした闇の部分があり、人の目から隠れたい、ないしは隠しておきたい秘め事があって、それがおのずからにこうしたフィクションの形となって表されたものではなかったでしょうか。
芭蕉・蕪村 (岩波現代文庫) p.121
尾形氏は、そこから芭蕉と蕪村の故郷に対する姿勢の違いを語り、蕪村の方が、芭蕉よりも故郷を喪失してしまっているという風な話をしていって面白いのですが、ここを読んで「安岡章太郎がそんな文章を書いているなら探して読まなきゃ!」と思ったものです。
安岡章太郎は昨年たまたま『僕の昭和史』を読んで、もう自分にとっては読みきらないといけない作家だと感じていたので、蕪村と安岡章太郎の接点ならチェックしないわけにはいかないわけです・・・・で、考えてみたら、探すまでも無くその文章もう読んでいた(ぎゃふん)。このブログのアマゾンの広告欄の表示を限定するキーワード設定を「安岡章太郎」にしていたときに、蕪村の絵が表紙の本があることを知って、即刻購入していたのだった。
- 作者: 安岡章太郎
- 出版社/メーカー: 世界文化社
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『文人画粋編』の解説は「離俗の生涯」という題でこの本に収録されていて、これは、安岡章太郎が小説家だからこそ書ける様な仕方で、蕪村の生涯をたどりながら詩作と画業のそれぞれについて、包括的に論じている、味わい深い文章であります。
蕪村は人物画が苦手なのではないか、というのが安岡章太郎の見方で、その克服が、画俳両面での作家としての完成として語られていく、その中心に、安岡章太郎は、自分をいかがわしげなものになぞらえる蕪村の姿を見ています。蕪村の抱えていた、闇、やましげなもの、それが、蕪村が描く人物を歪ませて見せるのではないか、と。
この文章では、蕪村の『蘇鉄図』を安岡さんが見に行く話が圧巻で、蕪村の絵に心無いいたずら書きがされていた話まで蕪村的な宿命のように感受するあたりが小説家ならではの蕪村論になっているかと思います*2。研究者である尾形氏があえて自分の主観を蕪村に投影するのに、安岡章太郎の名前を頼りにしたゆえんでしょう。
いかがわしげなものに自分をなぞらえるような「内心の劣等感」に着目するというのがやはり安岡章太郎で、自分が蕪村にひかれ安岡章太郎にひかれるゆえんというのも、そのあたりにありそうだなと思って、「離俗の生涯」を読み直したところです。
高柳重信のいう「亜流意識」を、蕪村を介して芭蕉まで照らしてみてみたい、などと思ったりします。
*1:写真はみすず学苑の広告。ピンボケで読みづらくて申し訳ないですが、縄文太郎のしたで何か食べているのが与謝蕪村だそうで。蕪村って案外こういう人だったかもしれませんけどね。何か、パロディになる元ネタでもあるのだろうか・・・・。私にはうかがい知れない新宗教的な深遠があるのかもしれない。 ☆参考URL 今回検索してみて、みすず学苑の経営者が神道系新宗教のひとだってことを知った→ http://med-legend.com/mt/archives/2007/07/post_1123.html 進化している件→ http://www.h-yamaguchi.net/2009/02/post-cdef.html アーカイブ→ http://shikasenbei.com/index.php?e=1357
*2:蕪村の破損した絵がその後どうなったのか気になってましたが、修復されたそうで→ http://www.busondera.com/buson/buson-1.html