近代日本語に弔いを(2)−近代日本亡霊−
私も、水村美苗の『日本語が亡びるとき』は新潮9月号でしか読んでいなくて、その先を読みたいとは思わなかった。ネット上の議論とかを見れば水村の主張の概要はわかる。
『日本語が亡びるとき』を読まずに騒動だけ見た感想 - ARTIFACT@ハテナ系
多分、評論として読めば、あまり価値はない。その点では、仲俣さんはじめトンデモ本として扱っている人と同じように感じる。
この本は「日本語」や「小説」の未来とも、「文学」の未来ともいっさい関係のない、きわめて個人的な「信仰告白」の本として読むに止めるべきである。
http://d.hatena.ne.jp/solar/20081112#20081112f7
近代日本文学についての水村美苗の提言は、おそらく、遡及的な祈りのようなもので、既に取り戻せない過去を変えようとするに等しいのではないか。
おそらく、水村美苗にしても、手厚く学校で教えるように教育政策を変えたところで、近代日本文学が継承されるようになると心の底から信じてはいないだろうし、本気になって教育改革のための政治的活動をするつもりもないのだろう。
水村美苗が書いていることは、夢幻能のシテのようにして、もはや過去のものとなった近代日本文学の理念を呼び起こそうとすることなんじゃないか。水村美苗は既に亡んでいる大日本帝国の文学の依り代となって、叫んでいるということではないか。それこそ、物狂いのように。
「近代日本文学教育」の政策論として間違っているという指摘も、大筋において正しいと思うけれど、それでは近代日本文学の亡霊は慰撫されないわけだ。
英語の圧倒的一人勝ちで、日本語圏には三流以下しか残らなくなるが、人々の生が輝ければそれでいい - 分裂勘違い君劇場 by ふろむだ
ところで、よしもとよしともの傑作に『東京防衛軍』という作品がある*1
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http://www.hayamiz.jp/2005/11/post_bb12.html
この作品では、バブル期に忘れ去られようとしていた東京の過去が亡霊となって現れるのだけど(東京ゴースト)、水村美苗は『東京防衛軍』の小山田博士みたいに、文学の亡霊を呼び出そうとしているみたいだ。
ゴーストバスターズのクライマックスシーンみたいに、80年代の東京を破壊する「東京ゴースト」にたちむかうため、作中で「ノスタルジーにはトレンディーで対抗するんだ」といって、巡航ミサイルムラカミ1号*2が東京ゴーストに打ち込まれるっていうネタがある。
そこでは、逆に東京ゴーストが逆上して強くなってしまうってギャグになっているんだけど、仲俣さんみたくムラカミ文学を投入しても、近代日本文学の亡霊は成仏しないってわけだった(笑)
それで、東京ゴーストの場合、どう成仏したかっていうと、それはマンガを読んでお確かめいただきたい。
さて、岸井さんは、「水村の叫びに応える責が私にはあるだろう。」と言っていて、それは、近代日本文語の霊と化した水村美苗のパフォーマンスに感応しているってことなんだろう。
『日本語が滅びるとき』を読んだ | PLAYWORKS岸井大輔ブログ - 楽天ブログ
では、岸井さんは日本近代文学に対して何をしようとしているのか。岸井さんは、漱石の『夢十夜』の舞台作品化を手始めに「文(かきことば)」という演劇プロジェクトを進めている。考えてみると、このプロジェクトについて僕はまとまった文章を書いていなかった。
とりあえず、インタビューから該当箇所を引用。
日本語は、たとえば漢字と仮名の使い分けをとってみても、口語的特徴より文語的特徴が多いという結論にたどり着きました。西洋の言語は基本的に、口語をどうテキストに落とすかで成り立っているから口語劇でいいんですが、日本語で劇を作るとなると、漢字仮名交じり文をどうするか考えなければいけない。能も歌舞伎もその問いには応えている。世阿弥と近松門左衛門は戯曲家として、漢字仮名交じり文をどう劇化するか努力して実践した。現代文語はどうかと考えると、ほとんどの人は夏目漱石が現代文語を決めたと言います。ところが、今のところ漱石を上演し得る方法論はなくて、劇にするより読んだ方がおもしろい(笑)。じゃあ、漱石を読むよりおもしろい上演をやってみようと考えて続けているのが「文(かきことば)」の実験でやっていることです。
http://www.wonderlands.jp/interview/008/05.html#05_3
*1:第二部が『コレクターズアイテム』に収録されているけれど、こちらは作家自身が注文を受けて描いたものにすぎないといっている。http://meta-metaphysica.net/manga/writer/yoshitomo.html
*2:「今をときめくベストセラー ダンス(×3)並びにノルウェーの森上下刊セットを満載したミサイルです!!」(よしもとよしとも『Greatest Hits +3』p.154)