飴屋法水演出『4.48 サイコシス』劇評 補足+

フェスティバルトーキョーの劇評コンペに応募しました。
http://festival-tokyo.jp/gekihyo/2009/11/448-psychosis.html

字数制限にあわせて草稿からカットした部分をピックアップしながら補足。

原作戯曲の韻文的性格について

いろんなところで韻を踏んでたりとか、定型的ではないにしてもある種の韻律を感じる部分が多い戯曲で、これは翻訳が難しい部分です。

一例を挙げれば

warm darkness
which soaks my eyes

この短い一節の韻を踏んだ文彩は、日本語に訳せば失われてしまう。

デクラメイションについて

 日本には韻文の台詞を現代劇として語る様式が無いということについて、たとえば木下順二は新劇史を振り返りながらそれをdeclamationの欠如として問題視しています。「日本語のせりふをしゃべるための方法(しゃべりかたの文体または様式性)が日本の俳優にはない」というわけです*1

 平田オリザは、その欠如をそもそも問題にしないという戦略を取ったのだろうと思う。その姿勢を「美からの撤退」という標語で言い表すことになるのだろう*2。柴幸男の「ラップ的」手法は、デクラメイションの問題をありあわせの材料で埋めてしまうという意味では、平田オリザの路線をラディカルに踏襲している。

戯曲の外から持ち込まれた台詞

 冒頭のボクシングシーンも原作戯曲にはない台詞だったけど、飴屋演出では、いくつか原作に加筆している点があったようです。
 飴屋法水が戯曲の外から持ち込んだ言葉のひとつが、天気予報のアナウンスを模したものだったことも、頭に閉じこもった意識に対して、それを外から取り囲む気配の全てを象徴するようなものとして位置付けることができるのだろうと思う。

文字の演出

4.48 Psychosisには

RSVP ASAP

という文字だけのセクションがあります。

これ
"Répondez s'il vous plaît" = "please respond"*3
As Soon As Possible

ということでしょう。

そもそも書き記して送る略号なわけで、声に出すと意味が変わっちゃいますね*4

これを飴屋演出では、若い男性俳優が上半身裸になって胸から腹に、自分で黒く記していくという風に上演していました。これは、とても心憎い演出だったと思います。

それも、上演スペースにされている客席の上、中空に張り出すように据えられた高い場所で、落ちる危険に晒されたところでそういう演技がされていて、ランプとの関わりもあるので、このシーンはとても重要ですね。

この部分、俳優が何か言いながら文字を書いていたと思うのだけど、ちゃんと記憶していなかったので、このパートが戯曲解釈としてどう評価できるのか、きちんと論じられなかったのは心残りだった。

数字の演出

原作戯曲に数字をページ上に散らばらせているセクションがあります。
これを、飴屋さんは、演技スペースになった本来の客席に一列に腰掛けた俳優たちに、順不同で声に出させるという演出をしている。
原作でページ上に配置されているものを、舞台上で、時間軸と空間軸の座標に配置していくように演出したのだろうと思う(どこまで厳密にもとの配置を転換していたのかわかりませんが)。
問題は、もとの戯曲の形式性にどこまでも忠実であろうとしたことです。恣意的な解釈を抑えて、形式の実現をめざすことで、原作の力が発揮された、そのひとつのあらわれがここにも見て取れます。

循環構造について

 投稿した劇評ではラストのセクションは円環を逃れてようとしているということを言うのに、前のセクションが冒頭に回帰する構造を持っているという指摘だけしましたが、細かく見ると、それまでのセクションで示されていたいろいろなモチーフがラストで反復されてますね。

Hatch opens
Stark light

だとか、それまでの言葉が反復されている。

こうした反復は、今回の上演の雑多さにおいては目立たなくなっていたと思う。

 全体の形式として、円環構造とそこから逃れようとする運動として戯曲を分析できるとして、もうちょっと細かい循環と、そこからの逸脱が読み取れるのだと思う。

 そういう面では、mind の一語が最後のセクションに回帰していることを第二のセクションとの関連で読み解く余地が大きく残っているのかもしれません(そのあたり、英語圏でどういう議論がなされてるのか、チラッとネットで見ただけなので良く知りませんが)。

 上演評に収まる範囲で作品の構造を雑に論じるに留まっているので、補足の余地はたくさんありますね。いずれにせよ、緻密に構築されている戯曲なので、形式的な分析からみえてくるものは大きいと思うし、今回の上演は、そういう構造をかなり精緻に舞台化していたと言えるでしょう。

(追記)数字の部分を補足(11月27日)

※関連リンク
http://jinsaymemo.jugem.jp/?eid=1317
「4.48サイコシス」作:サラケイン、演出:飴屋法水(@あうるすぽっと) : haruharuy劇場

*1:日本語の世界12『戯曲の日本語』中央公論社 1982年刊 26頁

*2:平田オリザは『演劇のことば』で木下順二については「会った事がある」と言うにとどめているけど、いろいろと言いたい事はあって、言い始めるときりがないから黙っているんじゃないかという気もする

*3:RSVP - Wikipedia

*4:仮に訳せば「返事して、できる限りはやく」ですけど、それじゃ略号の形が失われてしまうし、アルファベットを読み上げても通じないし