近代日本語に弔いを 2.14/晴れやかな姿勢だった+

祖父が生きている間は、祖母に訊ねて思い出話を聞くということをしなかったのは、やはり家を代表していたのが祖父であり、祖母は家の奥に一歩下がるようにして家事に勤しんでいたからなのだろうか。

祖母の家の古いアルバムを見せてもらったのも、祖父が亡くなったあとのことだ。二十歳くらいだろうか、若い祖母は、すこしよそ行きで気取った着飾った風な和服姿で、二三の女友達と写っている*1。貸衣装なのだろう。めかしこんで写真館で記念写真を撮るのが楽しみだったようだ。
仲間たちとどこかの店に繰り出してくつろいだ感じの祖父の写真も見たことがあるが、やはり、ちょっとかっこつけた感じの印象があった。

祖父や祖母の世代の人たちが写真に写っているとき、それぞれの人が、姿勢を正したポーズをとっているのがわかる。戦後になっても、やはり高度経済成長期あたりまでは、そういうある種の型を感じさせるポーズで写真に写っているように思う。しっかりと画面の中の構図に収まっている。それは、写真を撮ることが貴重な機会であるような時代の姿勢なのだろう。

万年筆で書き記されたり、活版印刷される近代日本語は、そういう感じの居住まいを正した晴れやかさの姿勢と共にあったのだろう、と思う。

http://www.matsuyomi.co.jp/img/66207_03.gif*2

祖父や祖母は、電話や映画が当たり前の世の中に居たのだから、僕からすると、そんなに遠い人ではない。祖父が艦砲射撃を美しいと思ったとき、やはりそこには、映画的な目が働いていたような気がする。祖父は、休日には浅草に映画を見に行くのを楽しみにしていた。

http://video.google.com/videosearch?client=opera&rls=ja&q=%E6%88%A6%E5%89%8D%E3%80%80%E6%B5%85%E8%8D%89&sourceid=opera&oe=utf-8&um=1&hl=en&ie=UTF-8&sa=N&tab=iv#

僕は祖父や祖母と一緒にテレビを見ながら育った。テレビを初めて買ったとき、祖母はなにか恥ずかしがって立派な布でテレビを隠してしまって、なかなか見せてもらえなかったという風なことを母から聞いたことがある。それは、晴れやかなものが日常の中に入ってくることへの、ためらいだったのかもしれない。

母の中学や高校の卒業文集を見せてもらったことがある。そこには、素朴ながら真面目に人生のことを考えるような居住まいを正した言葉が並んでいる。僕などが卒業文集を作るようなときは、もう、漫画や今で言うライトノベル(当時はコバルト文庫とか)だったり、深夜ラジオの投稿コーナーだとか、そういう、いわゆるサブカルチャーの影響がはっきりとあらわれていた。ふざけた感じの文章が多くて、気取って見せたとしても、それはサブカルチャー的な気取り(あえて言えば中二病っぽいノリ)なのだった。

その点、母の世代では、まだ、文を公表するときに、すこし構えて、教養を示してみせるような姿勢があったように感じて、すこし驚いたものだ。

ケータイで誰でも写真を撮れる現在、写真を撮ることはカジュアルな行為であって、そこでポーズを取る事があったとしても、居住まいを正すという感じじゃない。文字についても、いくらでもあとから訂正が効くWebでは、校正も自ずとおざなりになり、読者に言われて直せばいいや、ということになる。

その間に、文を書くということに関しても、何かが決定的に失われたのだろう*3

祖父を亡くしたあとの祖母はむしろ元気になって、書道の通信講座を熱心にやっていたりしたが、書道展に出品したりするとあれこれ余計にお金を取られるということになり、その手の商売っ気に嫌気がさしたみたいで、書道はほどほどで辞めてしまったようだ。

(追記)古写真の良い例がみつかったので注にリンクを追加。(12月11日)

関連エントリー
近代日本語に弔いを 2.13/谷間に響く詩吟の近代 - 白鳥のめがね

*1:次のエントリーで紹介されているような雰囲気の写真だった。古写真の中の美しい女性たち | 乙女チップス | カワイイ情報いっぱいのウェブマガジン

*2:写真:「新春特別編 失われた風景を訪ねて」>http://www.matsuyomi.co.jp/showashi_main_2.html 参照:東京戦前絵葉書 浅草六区 絵葉書倶楽部 鉄道切符類考ブログ版/ウェブリブログ 東京戦前絵葉書 上空から見た浅草六区 絵葉書倶楽部 鉄道切符類考ブログ版/ウェブリブログ

*3:もちろん、それを取り戻すことはできないことを前提にして考え、進むべきなのは、当然のことだ。メディアと技術がポピュラーなものになることによる効果を最大限のものとして享受しよう。その仕方が問題だ。