『売れないのは誰のせい?』―家族と市場

 広告の世界が大きく変化しつつある。山本直人著『売れないのは誰のせい?』は、戦後の家族のあり方の変化という巧みな話題の展開でわかりやすく広告の変化を語っていて面白かった。

売れないのは誰のせい?―最新マーケティング入門 (新潮新書)

売れないのは誰のせい?―最新マーケティング入門 (新潮新書)

 物を作れば作るだけ売れた高度経済成長期は、忙しく働くお父さんと専業主婦に子ども2人みたいな典型的家族が成り立った時代でもあり、そういう典型的家族を前提にテレビCMも作られていた。そういった典型的家族像が崩れていく時代の予兆は70年代後半にあらわれている、と山本さんは語る。

どんな人に売ろうかと的を絞る。的、つまり英語で言うターゲット。これがマーケティングで重要視されるようになった。ところが、これも教科書通りには行かない。基本的には米国で研究発達した理論である程度はカバーできるのだが現代の日本には独特の傾向があるのだ。 (同書 p.81)

 晩婚化、シングルの増加、ライフスタイルの多様化、そういった「ターゲット」が分散してマスメディアでの広告が効かなくなっていく背景を、広告やドラマに現れる家族像の変化を通して語る。 
 「岸辺のアルバム」から語り起こして、車の広告で父親が不在になったり、再婚して新しい父親があらわれるという展開が現れたりするのは、以前の常識では考えられないことだった、と山本さんは論じていく。
 この本は2007年6月に出ているのだけど、このくだりを読んでいて思い出したのがソフトバンクの「白戸家」シリーズの広告。
SoftBank

 テレビCMとしても人気を呼んで、2007年6月以降、あれこれ展開されているわけですが*1
ソフトバンクCMのホワイト犬 「お父さん」になった理由 : J-CASTニュース

 考えてみると、父親が犬でお兄さんが黒人っていうのは、見事な壊れっぷりで、一昔前ならこんなCMは不気味(unheimlich)ってことで受け入れられなかったかもしれないと思う。そういえば糸井重里の『家族解散』って小説もあったけど、それも過去の話みたいな世界。

 そもそも荒唐無稽なんだからってご意見もありそうだけど、こういうところの微妙な感覚の変化というのは大きいものだという気がする。それを、旧来の家族観から解放された自由だっていう風に肯定的に取るか、形骸化してまで発想を拘束していく、さらに性質の悪い因習のあらわれとかって否定的に取るかは別にして*2

※余談
セガドリームキャストの事例についてはちょっと話がちがうという指摘もあった。
http://onexone.sakura.ne.jp/archives/2007/07/07/214627.html
確かに論旨にあわせて話題をつなげているところはあるかも。広告の効果ってなかなか難しい議論なんですね。
 
 あと、アマゾンのレビューで最新のマーケティング理論の勉強にならないからタイトル負けという趣旨のコメントをしている人がいるみたいだけど、理論よりもセンスを磨いて商品や広告の相手を知ろうとすることが大事、という話をしている本なのでそういう指摘も的外れという気がする。

*1:件の本にぴったりの話題が触れられていなかったと言うのは、この本の原稿が書かれているときにはまだ放映されてなかったというわけでしょう。このCM、ソフトバンクの勢いを支えているという風にこないだの月刊アスキー「明日の広告」特集でも大きく取り上げられてました。

*2:このへん、キャラクター設定とプロットと言うことでいろいろ考えてみるべきポイントがあるかもしれないと思っています