ニセS 蜻蛉玉(補足訂正版)

若手演出家4人による、平田オリザ戯曲『S高原から』の連続上演企画『ニセS高原から』。4作品見るつもりで予約を入れているのだけど、先日9月7日、まず「蜻蛉玉」の公演を見た。脚色・演出は島林愛。

私は『S高原から』の上演を見たことは無く、戯曲も読んだことは無い。なので、原作からの距離はわからないけれど、アフタートークで聞いたところ、男女のキャストを入れ替え、堀辰雄関連のセリフを削除し、ディテールを整え、ひとつシーンを追加し・・・・といったところらしい。ちなみに、蜻蛉玉を見るのも初めて。

アフタートークでの話しから推察するに、この上演において、劇的な構成の面で魅力を発揮しているのはやはり平田戯曲そのものの力にあるようで*1、手を加え形を変えても原作の力を引き出した舞台として仕上げられている点で、ともかく島林愛の演劇作家としての力量は確かなものだと言えるのだろう。

人物造形に多少の誇張はあるものの、役者それぞれの個性を際立たせつつ、それぞれの登場人物の関係から生み出される空気や気配みたいなものを繊細に引き出した演出で、オーディションなどを重ね時間をかけてキャストを選んだ手間は十分に報われているだろう。

初めのシーンでは平田オリザ演出との距離だとかをいろいろ考えながら身構えてみていたのだけれど、看護士藤沢役の島田曜蔵*2がテンポ良く繰り出す演技に心がほぐされたあたりから、微細な演技をすんなり受容できる気持ちになっていた。

チラシを見た段階では、三条会ポツドール五反田団、という、それなりに定評あるグループのなかで「蜻蛉玉」という名前はなんだかつりあっているのかどうか疑問でもあり、「いったい誰?」と思わなくもなかったけれど、ともかくは手堅い仕上がりで他の実績ある演出家に引けを取っては居ないというところだろうか。とりあえず、楽しみながら最後まで見ることができた。

(以上、9/10記入。11/20に若干訂正)

さて、「私としては論評したくなるポイントは二つある。」なんて書き残したことをすっかり忘れていたのだけど、その二つのポイントについてコメントを簡単に付け加えておきたい。舞台をみた記憶も遠ざかりつつあり、そのあいまいな記憶だけを頼りに書く(11/20)。

*役者二人が客席に背中を向けて語る場面の演出について
たしか、画家を志していた女の入院患者と、その彼女を旅行に誘い出そうとする、やたらと元気な男、その2人だけが対話する場面。「美術館で理想の絵画を見たまま死ねたら素敵だ」と語る場面を、役者2人が舞台奥を向いて並んで座っているという仕方で演出していた。役者の表情は当然見えない。語られる、美術館の情景の中に、語り合う2人が没入している様子を、観客も、言葉から想像されるイメージを重ね合わせながら舞台を見ることになる。

いや、なにも斬新というわけでもなんでもない工夫に過ぎないといえば、それまでである。

しかし、声の演技と語られるイメージ、そして実際の舞台上の光景が、すれ違いながら重なり合うという意図は成功していただろうし、こういう造形は、舞台でしかありえないものだ。美しい場面だったと思う。

*照明の変化が場面の連続性を変える演出があった場面について
平田オリザの演劇作法から離れて行く演出だと言える。照明を変えることで、夢と現実を区別してみせるなんていうのは、今となっては安直なアイデアというほかない手法だろうし、あまりに凡庸な先祖がえりといえなくもない。

松本和也さんのレビューで、「なんで今更こんな演劇をつくるかわからない」といった趣旨の発言がなされている。今日はじめて読んだのだけど、その問題意識は、私も共有できるものだ。

とは言え、私自身は松本さんのように切って捨てる気持ちにはならなかった。それは「演劇」固有というわけではない「ドラマ」とか「人物造形」とかに対して私の採点が甘いというだけのことかもしれないが。

まあでも、ああいう手法を恥ずかしげもなくやれてしまう「うぶ」さみたいなものが、なにか新しい表現へと転化されていったら、それはそれで楽しいのかなあと思う。なんといっても、まだまだ若い作家なのだ。

それで思い出すのだけど、内田春菊の初期作品とか、ほんと、それ自体としてはしょうもないものなんだけど、そこから可能性を見て取って描かせた編集者とか後押しをした人というのは、偉かったなあと思う。

まあ、島林さんは、そんなに先鋭的な演劇作品を作ったりはしないかもしれないが、先鋭的なものばかりがあれば良いというわけでもないし。

*1:ポツドールの三浦氏が、アフタートークで「男女を入れ替えても成り立つのは平田戯曲に普遍性があるからだ」といった趣旨の発言をしていたのに軽く驚いた。いや、私がポツドールに勝手に抱いていたイメージが「普遍性」なんて言葉とは結びつかないものだったからなんだけど・・・・。三浦氏が「魔の山」のことをまったく知らなかったのにもちょっと驚いた。いや、こういう企画に加わっていてなおかつ知らないままであったという、企画参加者の間で情報が共有される仕方に驚いたということ。・・・・この日のアフタートークは程よく(?)内輪ノリをかもし出しつつエンターテインメントとして成立している感じで、そういうところで舞台を転がしていく、司会担当前田司郎氏の力量はすごいとあらためて思った。

*2:青年団の大きくて太った俳優。地点の「三人姉妹」に出演していたのも印象深い