ディディエ・テロン

振付家自身が踊るソロ作品と、モノクロームサーカス http://www1.neweb.ne.jp/wb/hot-summer/mc/index.html のメンバー(出演は4人)がフランスの振付家、ディディエ・テロンと作った作品、を上演する公演。9/4に見る。

ソロ、『ラスコリニコフの肖像』
森下スタジオの二階。仮設の客席と地続きな上演スペースは、縦長の空間で深い奥行きがあったが、ディディエ・テロンが手前まで踊り出てくるときは、客席まで体臭が漂ってきた。

散発的に挿入される、朗読や音楽、微妙にトーンを変える冷めた照明。

原作のいろいろなドラマをなぞっているのだろうなあと思いながらも、その運動を読解することはできない。ダンスの愉悦へと耽溺することをさまたげる抽象的な運動。しかし、エモーショナルではない仕方でエモーショナルであるというか、乾いた動きが醸しだす情感のようなものがある。
そういうところで、カニングハムの弟子というのもうなづけると思ったりする。


グループ作品『借家人』

ヌーベルダンスってこういう感じだったよな、と思いながら見ていた。だからそれは、様式とか作風としては、既に確立されたものの範囲内に成り立っている。

でも、10年ちょっと前、まだ新鮮だったヌーベルダンスの新鮮さを思い出させてくれる感じがあって、それは、昔のままではないからこそ、今でも新鮮と思えるのだろうけど。その微妙な違いが由来するものは何なのか。ダンサーが振りを固定したものじゃないものとして、生き直す仕方が、振付家とカンパニーの間の綿密なコラボレーションの中から掴みなおされていたからなのだろうか。

振付の形だけは新奇であっても、踊りに向かう姿勢の如何によっては、古臭く見える場合もあるだろう。

たしか、ダンサーたちは裸足だったのだと思うのだけど、その裸足ということにふと気がついて、そういう、裸足かどうかということに最近とりわけ注意しないで見てきてしまったいくつかの公演があったことを思い出していたりした。

たぶん、その裸足であることに気がついたのは、裸足であることではじめて可能な生々しい躍動感みたいなものが、それぞれのステップの跳ね方、はじけ方の魅力において、目に際立つように放たれていたからなんだろう。

舞台上手奥の片隅に、どっしりとしてふるびたように見える木のテーブルが据えられていて、その席についたり、テーブルにかけのぼったりもする4人のダンサーたち。なんとなく家族らしきイメージをかもし出している。

ある種のドラマ的な展開を思わせながら、緊密に織り込まれた振付の波が、寄せては返すように、様々なフォルムをつむいでいき、リフトなんかもあって動きの軌跡が凝った線を描く振付は、しかし流麗に流れるように展開されていく。群舞的なパートと、ソロ的なパートが、切れ目なくひとつの作品として織り上げられている。まあこんな風にお気楽な描写で流してしまえるのは、動きの細部が程よく忘却されて、躍動の感触だけが図式的にいくつかのフォルムに集約されるように記憶に残っているからだろう。

たしか、無音の時間が長く続いて、後のほうで舞台の盛り上がりを追いかけるように何かの音楽が音量を上げてきたように記憶している。

あとから、フィルムアート社の何かのムックで立木さんが作品紹介しているのを読んだ。東欧のどこかの国のフィルムにインスパイアされた作品なのだとか。


一人際立って小さいダンサーがいて、その軽快な動きを見るにつけ、同じような振りでも質がぜんぜん違って見えるわけで、体格の違いがダンスにもたらすものは、声楽においてアルトとかソプラノとか分けるような文節が(たしかラバンとかそういう話をしていたんじゃなかったか)定着していないのはどうしてだろうかということを改めてちょっと疑問に思いながら見たりした*1

(9/18に投稿)

*1:たぶん、いくつかの要因があるだろうが、クラシックなダンスではダンサーの体格の基準が画一的な仕方で標準化されてしまっていたということ。それに抵抗するようなオルタナティブな傾向においては、特権的な個人が突出したり、ここの身体のバラエティが尊重されたりで、結局類型化を制度的に活用するような文脈は生まれないままだったということ。しかし、振付作品に体格の指定がなされて古典化するようなことが起こらないとは限らない。