マレビトの会の「王女A」

8/6(土)19:00-の回を見る。会場はアゴラ劇場。

[作・演出]松田正隆 [舞台美術]奥村泰彦
http://www.gekken.net/


・結論
結論を先に言えば、演劇史と日本の近代史とが切り結ぶ場所への参照を織り込んだ作品であって、手法としては折衷的である。新劇からアングラへと受け継がれる西洋演劇の理念を、いわばごった煮的にというか、闇鍋的に様々な寓意の断片を重ね合わせちりばめつつ総合しようとする(かのようだ)。外見的には、単に古風な舞台であるように見えるが、それも狙ったものかもしれない(あるいは、そのように時代遅れでなければならなかった理由について、ベンヤミンの『ドイツ悲劇(哀悼劇)の根源』などをきちんと参照しながらコメントすべきところかもしれない)。端的にいって喪の雰囲気に満ちた舞台である。追悼されるのは、第二次大戦に死んでいった人々であり、また、日本の近代演劇であるのかもしれない。

・セノグラフィー(1)―― 床
ふたを開けたり閉めたりできる装置が開演前から終焉後まで客席に対置されている。アゴラ劇場で普通に使われる客席の組み方。劇場の床から数十センチ高くなるように、ひとつの平面をなすステージが組まれていて、その表面は木の板で規則正しく覆われている。数箇所、側溝を覆うような格子状で金属製の蓋が設置されており、劇中、衣装や布、銃などがそこから取り出される。照明装置がその下に仕込んであり、客席からはステージの床下が明るくみえていたと記憶している。(さしあたってその解釈は控えよう)

・セノグラフィー(2) ―― 引き出しの柱
ステージ上には垂直に細長く四角い柱のようなものが8本ばかり、ステージの中央を囲うように散らばっている。それぞれ向きは正面をまっすぐ客席に向けていて、その正面が引き出しになっている。床から天井まで引き出しが並んでいる。実用的ではないところまで日常的秩序が延長されているのは、筒井康隆の「畳宇宙」もの小説*1を思わせる。
観客の生活実感の根本に連なる引き出しのモチーフが、その秩序の箍をひとつゆるめることで、非現実的な(夢想的な)秩序を現出させる。あるいは、時空間的に常に特定される生活の場を、際限のない連続の場へと変換することで、人生を織り成している歴史的連続の秩序を生み出してくる原基的なものの領域をあらわすようなイメージを想像的な世界に描こうとしているのかもしれない。

・物語(1)――無国籍的王国
単線的な時間的展開において組み立てられた物語が提示されるわけではないが、要素に分解されて様々に変換されるという仕方で複線的重層において提示される二つの大きな物語があると言って良い。
ひとつは、王女Aと王妃Mそしてその侍女たちや殺人者、花嫁をめぐる(いかにも無国籍的な)王国の物語。
王女Aとは、生まれれば王女の場所に据えられる女の謂いであるようで、死んだか失踪したかして消えてしまった王女というモチーフ、王女を待望するというモチーフ、王女が再来するというモチーフ、王女が消えればまた王女となるべき女を生み続ける王妃というモチーフ、王女とされた女が置き換え可能な存在であることを拒むモチーフ、などが、まず第一部といえるパートで展開される。

西洋から文学が輸入されることによってうみだされた無国籍性。翻訳劇的劇作法のマトリックス

・出演者
男性3名女性3名、若すぎもしなければ、高齢すぎることもない。20代後半から30代とおもわれる役者たちが登場する。

・構成 (衣装等による分節)
はじめ出演者たちは全員金髪のかつらをつけ、裾の長く黒いローブのようなものを身に着けた老女たちのようにして舞台にあらわれる。セリフから、それが消えた王女の再来を願う盲目の侍女たちであるかのように思われるシーンが続き、やがてその集団の中から、つかのま王女役や王妃役を演じる役者があらわれるが、衣装は全員「金髪女装」のままである。このパートを第一部と想定できる。

女性の演者3人が、男性演者の衣装を脱がしていき、男性演者は兵士の服装になる。ヘルメットを被り、銃を手渡される。女性たちも金髪のかつらをはずし、ローブを脱いで、「銃後」の妻たちに扮するようである。ここからはじまるパートを第二部と考えることができる。

兵士役の一人が退場し、金髪のかつらをつけ、黒いベールを被り、再登場するラストのパートを第三部とみなすことができる。第三部は第一部と第二部を総合している。

・物語(2)
第二部と言えるパートでは、戦争で殺しあい殺されていく兵士たちと、残される女たちの物語りが展開される。残された妻たちは貞淑でいるだろうか不様に殺される前にもう一度妻を抱きたいといった、夫婦という制度、戦争という制度、社会の諸前提から導かれる(『万葉集』防人の歌以来変わらないような)基本的な人間の条件が、妻と夫の夢想的な対話や、夢想的な社交的ダンスシーンの交錯のなかに提示されていく。
この戦争をめぐって重ねあわされていく物語的要素は、昭和天皇のいわゆる玉音放送を真似する声が男性パフォーマーのひとりから発せられたりすることによって日本の戦争をめぐる記憶をふまえたものであることが示唆されている。

銃の模型をつかって、「ダーン」とか、いかにも擬音という音を声にだして、射撃音をあらわし、倒れることで、そこで死ぬことをあらわす、そういう仕方の演技がなされる。

第三部と言えるパートでは、第二部のモチーフが第一部のモチーフへと混ざり合っていくようにして、第一部の物語が舞台上に回帰してくる。第二部でほのめかされていた歴史への参照が、非歴史的な物語類型の空間に回収されていく。ずらしと重ね合わせの中で浮かび上がる物語の類型群が、寓話的なものとして、歴史への参照軸を成すことを狙っているのだろうか。

演劇史≒文学史と照らしあう、戦争の歴史。


・戯曲―韻文と散文
いわゆる静かな演劇以降の戯曲(≒文学)の試みが、会話や語りの位相においてなされていたとするなら、そしてそのような試みが散文的な言語の延長線上に口語的なありかたを際立たせるものであったと言えるならば、この舞台で上演された戯曲は、舞台の言葉を韻文的なもの、詩的なものの領域で展開することを試みていたように思われる。
その形態において会話や語りにどこまでも近接した言葉もまた用いられていたにしても、それは抽象化された語りであり会話であって、あるいは劇詩とでもいえるようなものだった。言葉遊びの多用と視覚的イメージを豊かに喚起する言葉が平行していたのは、それ自体として自律した造形性をもつ言葉を、つまり、詩的な言葉、韻文的な言葉を志向していることの表れといっていいのではないだろうか。

言葉遊びにおいては、野田秀樹が先行していて、天野天街の方が徹底していると言えるかもしれないが。

そして、翻訳劇において韻文による戯曲の韻文性を翻訳することがまったく困難であることが、西洋由来の演劇理念の受容において大きな壁となっているように*2、この日本語において韻文的な戯曲をめざす試みもまた、ほとんどそれ自体としてその困難にぶちあたって砕けてしまっていたのではないか、比喩的にいえば、そんな風に思う。

灰の手紙、手紙の灰とか繰り返していたのは、あれはデリダをふまえていたのだろうか。王妃が王女を生み続ける機械だなんて言われる風なイメージのたたみかけは、ハイナー・ミュラーを意識していたのだろうか。


・演技の様式
詩の朗誦のようなものを集団で行うと、どうしても、卒業式でやるような集団朗誦の様式になってしまう。あの卒業式で「長かった夏休み。楽しかった運動会。ぼくたち、わたしたちは、せいいっぱい勉強しました。」みたいな言葉を声をあわせて言っていく様式というのは、近代演劇史とどのように関わっているのだろうか*3

そういった様式がそのまま露呈してしまうのを許すような演技の様式は、新劇以来の伝統を(所謂アングラも経由していたにしても)無批判に引き継いでいるように思われた。つまり、演技も含めて舞台上に展開されるすべての表象は戦後の演劇のイメージのなかにすっかり収まってしまう。それは、喪の振る舞いとして要請されていたのかもしれないが、個人的にはそのことを肯定的に語ろうという意欲を、この舞台を見届けた経験から汲み出すことはできなかった。

*1:『夢の木坂分岐点』に集大成される、畳の部屋が際限なくつづくというモチーフの夢幻的小説の連作

*2:たとえば、ハイナー・ミュラーギリシャ悲劇を翻案したような作品を日本語に移しても、そのドイツ語の韻文的な質はまったく失われてしまう。

*3:ひとつ顕著なのは、木下順二作品の模索と平行して進んだ「群読」というスタイルだろうが、それが卒業式などの学校式典の演出とどういう関連を持っているのか、よくわからない。そういう研究こそ一般の演劇の観客に提供されなければならないと思うのだが、学会発表なり学会誌なりにそのような研究があったらぜひ教えて欲しいと思う