『薄荷色の朝に』の一首

村松由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』を読み始めてみた。


冒頭の連作でなんだか魅了されてしまった一首を引いてみる。

 風の変わる予感満つれば薄荷色のTシャツ一枚ベランダに干す

「満つれば」の「つ」がなんとも良い。

ka音のテンポの良い連続のなかに満ちてきたものに「つ」の音が大きく転換する動きを導きいれる。「つ」と発音するときの、緊張感ある唇のせり出し方や舌先がすばやく口蓋を離れる動きが持っている鋭さが、転回点を印付けている。

「つ」が良いと思ってつの文字を見ていると、その屈曲した形の旋回のなかにのみ込まれてしまうような思いがする(縦書きだと、その屈曲感がまた際立つのだ)。

「風の」「薄荷色の」といった繰り返しにも支えられて、おおらかな二拍子を刻むようなリズムも心地よく、T、一、干、という水平垂直の線と、カタカナの線との視覚的交響も、ベランダの矩形な空間と通い合うもののようで、「薄荷色」の一語からは、さわやかな陽光の気配もうかがえるようだ。

「す」の音に導かれたまま風が吹き抜けてゆくさきに、一首の運動は続いてゆく。

(2008年7月29日 mixiから転載)