STスポットの「ダンス ラボ20 #8」を見る

9月2日に、横浜の小劇場「STスポット」で開催されているシリーズ企画「ダンスラボ」を見に行った。「STスポット」は、演劇や音楽などジャンルを超えて様々な作品を紹介している劇場で、幅広く独自な活動を展開しているようだ。すでに8回を数える「ダンスラボ」シリーズは、参加者を公募してオーディションを行い、新人達に作品発表の機会を与えるという企画だ。毎回別の振付家やダンサーを招き、審査や作品作りへのアドバイスも依頼している。回ごとに違った観点から審査されることで、幅広く様々なダンサー・振付家に挑戦の機会が提供されているということだ。

以下、今回発表された各作品について、感想を書いてみたい。

○手塚夏子・前田愛美 「卜書き」
戯曲にあるような卜書きで指示される動作からダンスを立ち上げた作品。動きながら卜書きが口に出されることもある。言葉による動きの分節と、運動を身振りとして分節することとの間の対応とずれが見えてきて面白かった。
卜書きと身振りというアイデアを発展させてか、日常性との関連という要素も作品に導入されていた。また、日常を切り取った風な映像も用いられていた。だが、それらのモチーフが徹底されているとは思えなかったし、言語と身振りとの関連の探求も素描的なものに思えた。アイデアが豊富な分、逆に主題が散漫になってしまっている印象を受ける。
唐突な動きが併置される、いわば動きの要素が垂直に断ち切られ、連接している構成の作品。映像、音響、二人のダンスが等距離にバランスを保ち、舞台が一つの重心に集中せず、さまざまな運動が拡散しながら均質な場を成した瞬間があって、その感覚は心地よかった。

○山田オリエ「カケガエノナイトホウ」
なめらかな動きの水平的構成。その点で、「ト書き」とは対照的な仕上がりだ。なだらかに起伏する単純なムーブメントの積み重ねには、同じ運動の軌跡が丹念に畳みあわされてゆく心地よさがあった。白い壁を前にして、シルエットが浮かび上がる巧妙な照明の使い方が印象深かった。

○吉福敦子「Drop,Drop,Drive」
鏡で円を作り主にその空間の中で踊る、メリハリのある振り付け。幾何学的図形として分節された動きを、フェルナン・レジェの描く絵画のシルエットのようなクリアな形態として構築する。動きのメリハリが強い点では山田オリエ作品と対照的だ。体を撫でる仕草が繰り返されたのが印象的。円を抜け出る瞬間は作品構成上最もドラマチックな点だっただろうが、演出上の処理として強調するでもさりげなくするのでもなく、曖昧で効果的ではないと思った。

○菅野純子「None physical〜」
黒と白で衣装と舞台を統一する空間構成。暗めの照明の中で、幻想的、夢想的な雰囲気が基調となっており、ある種、少女趣味的な印象。様々な小道具を使っている点では吉福敦子作品と類縁的だ。ことこと小走りする動きや、兎の耳を作る仕草などがキャラクターを作り上げていくという風なダンス。様々なパーツが雑然と組み合わされている様な感覚だった。

○中家純一「剥離」
音楽に合わせて踊るシーンと、箒をつかって床を順々に掃いて行く場面とが繰り返される。壁をノックして様子を探り、応答を聞き届けようとする仕草が織り込まれていたのが印象的。「運動」だけでなく「身振り」も導入している点で、この作品もキャラクター性が強いもの。長い手足を使った、ある種奇怪な印象の激しいダンスには独特なものがある。バネのある、すばやいながら重さと粘りのある動き。

○オガワユカ「意志の螺旋<4つの水温>」

白い空間。それぞれの壁に一つだけ影が映るように計算された照明。

壁沿いに反時計回りで移動しつつ、様々な仕草が繰り返される。つまずく。壁に手が阻まれる。壁にあたまを付ける。ソウルミュージックが何曲も途切れることなく淡々と流される、フラットな時間。そのまま単調な展開が長い時間続く。しかし、決して退屈というのではない。
やがて、音楽が急に途切れ、ダンサーは舞台の中央に位置する。照明が赤に急転し、「真っ赤な太陽」の歌にあわせて踊る。激しく。しかし、どこか虚ろな。突き放したような、非情熱的なダンス。そして、倒れ込む。
赤がフェイドアウト。再び硬質な白色光がシルエットを際だたせる舞台に、ゆっくりと起きあがる。幾つかのポーズが丁寧に提示される。

極めてクリアな構成が空間の簡素な稠密さと相まって、充実した舞台を成立させていた。極めて明瞭な動きの、どこか非常に乾いた感覚。それは、身体の奥を暗闇として捉えるのではなく、あくまで舞台の透明さに貫かれた即物的なものとして捉える感覚とも言えるだろうか。運動を丁寧に配置してゆく。言わば、どこまでも表面を指向している。


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前からの知り合いが出ていたので見に行ったわけだが、僕にとっては、新しい才能との出会いも与えてくれる絶好の機会となった。すでに第9弾も進行しつつあるこの連続企画には、毎回、日本各地から参加申し込みがあるということだ。「STスポット」は、ダンスの創作に取り組む人々を刺激し、創造活動を促進する状況を整えているようだ。

(初出「今日の注釈」/2010年3月14日改稿の上再掲)