アヴィニヨン演劇祭に行って来た

ニブロールを追っかけて、アヴィニヨン演劇祭に行って来ました。と言うわけでしばらく留守にしていたわけです。概観だけ書きます。

アヴィニヨン演劇祭は、本来の公式な演劇祭であるフェスティバル in と、便乗して始まった自由参加のフェスティバル offとがあるわけです。offの方も、自由参加と言っても、事務所を設けて組織だって運営されています。二つのフェスティバルが同時進行しているといったおもむきです。offでは小劇場か、中規模の劇場での作品がひしめき合っている。
といっても、in でもつまらないものはあったし、offにもプロの劇団が参加してたりします。フランス含めヨーロッパでは、政府や自治体が運営している劇団がたくさんあることも忘れてはいけないところです。 地方の公共劇場で仕事しているような演出家が off に参加することもあるようですね。

in の公演は、大抵教会の中庭なんかに特設ステージを設置してやっている。今年のヨーロッパは寒くて、ちょっと天候不順だったので大変でした。雨で開演が遅れたりとか。毛布も貸し出してました。
郊外の石切場とか、ひまわり畑とかで大規模な野外劇をやってたりする。見に行くだけで半日がかりという感じですね。バカンスも兼ねて南仏に出かけて、大がかりで贅沢な舞台を見て帰る、という楽しみ方をするみたいです。ほとんど in だけ見て帰るというお客さんもいるようです。offの方は見る作品を選ぶだけでも一苦労だし、手当たり次第に見ても、好みの作品に当たる確率はかなり低いわけです。

in の公演は3000円くらいで見られます。学生なら、さらに半額。でも、人気の作品はすぐチケットが売り切れてしまう。インターネットで予約もできるようなので、目星をつけて予約してから行くのが良いかも。でも予約料が別にかかりました。今年はピナ・バウシュのフェンスタープッツァーもやってましたが、それだって3000円なんだからなぁ。日本とは助成金のおり方がちがうのでしょう。offの方は1500円ほどの会員証を買って割引で見れば一本1000円くらいが相場。割引でなくても1600円程度でしょう。

in では、毎年特集を組んでるようです。日本特集の年もあったようですが、今年は東欧特集だった。3本東欧ものを見てきましたが、ハンガリーの劇団がビデオカメラや映像を駆使してライブミックスするような作品をやっていたりして意外だった。
それ以外には、オリヴィエ・ピィというフランスの新進劇作家、演出家の9時間にも及ぶ大作だとか、ロシアの演出家リュビーモフの「マラー・サド」も見てきました。inでは毎年フランス以外の演出家、作家の話題作も招いているようです。

基本的に、世界の演劇祭というよりは、フランスの演劇祭ですね。offに参加しているのは、ほとんどフランスの作品です。in では英語パンフレットも用意してはいるけど、お客さんの9割がたはフランス人のようだったし、そのかなりの部分がパリから来た人のようです。現地の人はバカンスでよそに行ってしまうらしい。
フランス語作品で無ければフランス語字幕、それが緑で薄暗くて目の悪い僕は最前列に行かないと字幕が読めなかった。off のパンフレットはフランス語だけみたいです。情報集めるのにも、舞台を見るにも、フランス語がある程度できないとつらいんじゃないかと思います。
商品劇場の大岡さんから、観客の間で噂が飛び交って観客が動くそうだから、友達見つけて情報集めた方がいい、とアドバイスしてもらったのですが、おかげでいくつか良い作品を見つけることができました。やたらと見るより、情報収集と情報整理に時間をかけた方が良さそうです。

僕は10日ほど滞在しましたが、アヴィニヨンの街路を覚えたり、チケットの買い方や、当日のキャンセル待ちの仕方なんかに慣れるのに5日くらいかかった。あとの5日は見られる作品を選んでスケジュールを埋めてゆくだけでした。一日に5本くらい舞台を見る毎日でしたが、見るだけでかなり体力使ったというところです。

下らないもの、だめなものもたくさん見たんですが、日本には絶対来ない、外国の出来の悪い作品を見るのも勉強と思って見てきました。下手な芝居はどの国でも同じように下手なんだなぁ。
しかし、日本の小劇場だけが世界の中で飛び抜けて下らなかったわけでは無いとわかって安心しましたね。日本の舞台芸術はけっこう水準高いんじゃないか、と感じました。そして、本当に良いものは、日本でもみられるんじゃないかな。東京にいればあえてどこかに出かけなくても良いものはたくさん見られるんだな、と言うのが一番の感想かもしれない。ほんと、世界レベルでも、芸術鑑賞という点では東京は恵まれた都市だとおもいます。
旅公演だとコンディションが悪いとも言えるかもしれません。日本には絶対に来ない舞台もたくさんあるでしょう。でも、海外でそういう作品を鑑賞するためには、おそらく異文化への高度の理解と深い教養が要求されるでしょう。日本の観客には受け入れられなさそうな作品は、たとえ素晴らしいものでも日本には来ない、ということになると思います。

生涯記憶にのこるだろう良い舞台をいくつか見られたとは言え、去年一年に東京で見た来日公演作品を越えるほど感動した作品は無かったというのが正直なところ。もちろん、僕もごく一部の作品を見ただけなので、たまたま運が悪かっただけかもしれないし、年によってもちがうかもしれません。いずれにせよ、フランスのお客さんや劇場のあり方を見ることができたのは良い経験になりました。日本とはくらべものにならないほどの層の厚さがあることは間違いないです。

日本では、一日500本の舞台が一ヶ月上演され続け、それを泊まり込みで楽しむお客さんが沢山いるなんて贅沢な状況は考えられないでしょう。客層も、若い人からお年寄りまでまんべんなく広がっている。なにより演劇を楽しもうという雰囲気が町中に満ちていて、あれは良かったとか、あれは見なくっちゃという話題がそこここにあふれている様子は、うらやましいものです。やっぱり、腰を据えて、落ち着いて楽しむべき演劇祭なんでしょう。そして何より、ある国の演劇作品を、その国で見ることには、それ独特の意義があると思う。

僕は、inとoffとをあわせて、ダンスと演劇を半分くらいずつ見てきました。フランスのダンスの流行がどんな感じかはだいたいわかった気がしてます。しかし、一回ちょっとばかり演劇祭に行ったくらいでわかる事はたいしたことでは無いだろうな。そう思いつつ、今度はイギリスの演劇に現地で触れてみたい、などと思う私です。

そうそう、宿はかなり混んでますから、いきなり行っても見つからない場合があるのは事実。結構簡単に安い宿が見つかったという体験談が載ってることもありますが、未知の領域に踏み出す場合には最悪の噂を信用すべき、というのが鉄則ですね。わかっていながら失敗を繰り返す私。

(初出「今日の注釈」/2010年3月14日再掲)