ただひとつの孤独のような文字 - DanceTheater LUDENSの「Be」-

先日、新宿のパークタワーホールに日本で活動しているダンスカンパニーDance Theater LUDENSの公演を見に行った。
タイトルは「Be」。男女合わせて5人のダンサーが出演する。オープニングではスピーディーな群舞が披露されたが、これから始まる公演が、どのような動きのシステムで構成されるものなのかを簡単に素描してみせてくれるようだ。親切で適確な導入部の処理だろう。さまざまな体の軸や重心の捉え方が端的に示される。そして、ペアになり手をつないで体重を預けたまま一方のダンサーが倒れていったり、丸められた背中を転がるような動作から様々な振りが織り成されていく。隣り合ったダンサーのひとりが腕をさしだしてパートナーの重心を支え、鉄棒のように一回転するといった振りも繰り返される。そんな中から、ダンサーそれぞれの間の信頼関係がダンスを支えていることが見えてくる。ダンサー達の衣装は、おおむねごく普通の服装だ。

導入部が終ると、場面が転換するように、数々のソロやデュオのダンスが上演されてゆく。すこしふざけたように叫び声をあげて倒れ込む女性を男性が駆け込んで支えたりする動作が、恋人同士が戯れる情景のように踊られたり、なかなか上手く立ち上がれない人を、もう一人が助け起こそうとするが、自分の力で立ち上がりたいと言うかのように、時に助けを拒み、時に助けを求めるという場面がダンスとして踊られたりする。この作品のテーマが、時に依存し合い、あるいはいがみ合いもする人間の「在り方」だと言うことはチラシにも示されていたけれど、作品自体の内に明確にコンセプトが立ち上がっている。

日常の動きや、感情の交感から出発してダンスを構成して行く発想はピナ・バウシュ
の手法を思い起こさせもするが、ここで重要なのは全てがダンスとして成立していることだ。
例えば、顔を覆う仕種から始まるソロは、ダイエットが気になる女のダンスに展開する。おしりや太股をつまんで見るなど、体の外見が気にかかる女性の自意識を感じさせる動作がコミカルなダンスを構成していた。それが、単に女性の心理というテーマを表現したダンスであるとしたらつまらないが、日常的な所作をモチーフとし、それを動機にして様々な動きを引き出し構成することに成功していた。「テーマ」を設定したり、何かを「表現」することで「芸術作品」っぽさを装うような不徹底は見られない。どこまでも「テーマ」を巡りつつ動きを引き出そうとする姿勢が貫かれているのである。
ここで、ダンスの動きは単に読み取られることを意図してはいない。しかし、観客は舞台の上にダンスとしてしか描けないような人間関係のあり方を見出すかもしれない。あるいは逆に、言葉や表情が交わされる世界が、思いがけないほど運動に満ちたものだったことに気づかされるかもしれない。そのような仕方で、優れた芸術作品は、観客の目をいわば生まれ変わらせ、世界の見方を変えさせる効果を持っていると思う。

作品全体は見事に均整を保っていた。無音やノイズも含めた音の使い方も効果的だった。上演中何度か繰り返された照明機材の昇降は、手法としてはフォーサイスの公演などにも顕著なように最近の舞台芸術では珍しいものではないが、何か明確な効果への意図をあからさまに感じさせるものではなかった。しかし、場面の展開にどこか微妙なアクセントを与えていて、作品全体の時間的構成のバランスを印象付けていた。

ラストシーンでは、テーマを纏め上げるような群舞が披露された。そして、最後にはダンサーたちが背中合わせに輪になって、互いにバランスをとりながらゆっくりと立ち上がってゆきそしてまた倒れこむ。ここで終わってしまえば思わせぶりなエンディングに過ぎなかっただろう。だが、そのあと一人一人立ち上がったダンサーは、消えて行く照明の中八方へ散るように別れて行く。その輪が舞台の上に広がりきる前に舞台は闇に包まれた。甘く扱われてしまいかねないテーマをうまく引き締めながら、硬質な余韻を残す締めくくりだった。やがて観客たちも、関東平野の各地に散っていったわけだ。

作品を見ていて、とても優等生的だ、と思う。揺るぎなく構成されていて、基本に忠実であり、何の破綻もなくまとまっている。こういう評価を皮肉だと思う人にまで強く勧めるつもりはないけれど、Dance Theater LUDENSの作品は、ダンス公演をまだあまり見ていない人にも安心して推薦できるとおもう。フォーサイスだけが現代ダンスの最先端だと思い込んでいる人にも是非見て欲しい。たぶん、Dance Theater LUDENS は、モダンダンス以降の流れにおいて欧米で広く共有されているオーソドックスなスタイルを踏襲していると言ってよいと思う。

注)タイトルは野村喜和夫の詩のもじり(現代詩文庫141 p97)

(初出「plank blank」/2010年3月12日再掲)