「コンベヤーは止まらない」をめぐって(3)-再加筆版 ほぼ完結-

http://d.hatena.ne.jp/yanoz/20050128
の続きです。

『コンベヤーは止まらない』、という戯曲は(すでに言ったように、私は戯曲そのものは読んだことがなく、大岡氏による演出を通して知っているだけなのだが)、「資本主義経済による人間の疎外」、をテーマにしていると言って良いと思う。そこで資本制批判というのは、つまり、疎外論的なものとしてあって、それも、ある種素朴なヒューマニズム的見地に立った、合理化批判、近代化批判、という形を取ってなされている、と言えると思う。

物語の背景において中心を占めるのは、大手家電メーカーの工場だ。その工場のコンベヤーのラインについていた一人の女工さんの手が止まってしまう場面から、ドラマがはじまる。

働く意欲はあるのに、動かしたくても手が動かない。その女の子がラジオ工場の医務室で診察を受ける場面では、問診のなかで、昼間は工場で働き、夜は、その工場の部品を作る内職を請け負っている家族の仕事を手伝っていることが語られてゆく。診察の結果、手が動かなくなってしまったのは心因性の障害、ヒステリーであって、内職の手伝いをやめれば直るでしょう、と女医は診断する。

しかし、少女は内職の方が楽しいといって、それを拒否する。労働の場である工場が、仕事の喜びを与えるものではない、そこで、労働者は人間本来の働く喜びから疎外されてしまう。というわけだ。

そして、主人公のこの少女を中心とした工場の周辺地域の人間関係と、工場、工場のある地域の社会のなりたちが多角的に、微細に描かれてゆくことになる。

工場で働くより、内職の方が楽しい、という少女。東北から集団就職してきた同僚の少女たちは、工場の寮に住んでいる。はじめは、近代的な環境に感激したけれど、しだいに、人間性を失ってゆくように感じると語られてゆく。徹底して管理が行われる工場への批判は、地域になじんだ共同体的なものを解体するものとしてなされてゆく。

一方で、大企業の工場の下請け会社の社員が、内職家庭を丹念にまわる様子を描きながら、生活の場が産業によって「植民地化」されてゆく様子も語られる。

この丹念な描写によって、私よりも若い役者によって、私の両親が私よりも若かった頃の、昭和史の一断面、東京が変貌してゆくその姿が描かれていることに、私は、ある種の感慨を禁じえなかった。

私の父は、電子機器の下請け工場で中間管理職として働いていて、その工場で働いていた母と、社長の斡旋もあってつきあい始め、結婚したのだった。生産ラインの管理をめぐって父と母はミーティングで意見を交わしたりもしていたのだった。

群像劇によって、社会のある変貌が舞台の上に再現される。戯曲が持っていた記録としての側面を舞台の上に甦らせること、ともかく大岡氏の演出の美点はそこにあったと言えると思う。

前回、資本のスペクタクルという構造の上に、異化効果を伴った上演の場があるという話をした。ともかく、ストライキの勃発の場面までは(マイムによるコンベアのスペクタクルを除けば)正方形の舞台の上が演技スペースであり、その周りを取り囲む待機する役者は、虚構の舞台に対する実際の役者として座っている、そういう虚構に対する枠がしっかりとあったと言える。

その、待機スペースが、ストライキの計画が告げられたとき、演技の場へと転換する。待機席に座っていた役者たちの間の噂話のような仕草の演技がなされて、ストライキの計画が内職家庭の間に浸透していく様子が示唆される。しかし、この場面は、虚構に対する枠となっていた待機席を虚構へと転換するという一種のスペクタクルとして上演されたのであって、それはドラマを欠く仕方で示唆されるに留まったとも言える。

ここでは、実際にストライキを組織する力がどのような仕方で成り立つものなのかがごまかされているとさえいえるだろう。

内職家庭のストライキは、大手工場の子会社から賃金の一時的な割り増しを引き出させるものの、大手工場の生産ラインを止めるまでには至らない。主人公の少女とその幼馴染の青年は、工場のコンベヤを止めることを願うのだが、それはかなわない。

結局、まっとうな感覚をもった少女と青年は、工場からも、工場と妥協して秩序を維持してしまう地域共同体からも、排除されてしまう。

その、共同体や工場をめぐる人間模様の舞台から排除されてしまう少女は、演技スペースから外へと、観客席の間に設けられた通路を通って「役者」にもどらず、作中の役柄のままに、退場してゆく。ここで、舞台と待機席、客席という、虚構を囲っていた枠は無効とされて、劇場空間全体が演技スペースとなる。

その「舞台」からの追放は、しかし、虚構として成り立つドラマとしての枠を超えることで、疎外のスペクタクルとして上演されてはいなかっただろうか。それを、観客は、演技スペースと客席のエモーショナルな一体化によって受容するように促されていたように思う。そこに、異化効果を無効にすることによる、反転的なイリュージョンが成立していたと思う。

この戯曲の中心的な事件であるストライキは、若い二人が自ずからなる知性と感性の行使によって、工場のおかしさに気付き、ストライキを唆すという筋立てで描かれていて、労働組合とか共産党社会党といった党は表に出てこない。学生活動家も登場しない。わずかに、台詞の中で、主人公に対して企業の側から党派との関わりが問われ、否定されるだけだった。

1962年の岸田戯曲賞受賞作ということなのだけれど、大島渚の作品で言えば『日本の夜と霧』と『東京戦争戦後秘話』との間に位置づくことになる。その間の落差が問題だ。もうすこし、事柄として端的に語るなら、旧来の左翼(共産党)が革命を遂行する力を失って行くのにひきかえて、新左翼が登場してゆく、学生運動が大衆的支持を失って突出してゆく、その間に位置する、ということになるのだろうか。

たとえば、その歴史を語った本というと、糸圭(すが)秀実 の『革命的な、あまりに革命的な 「1968年の革命」史論』があった。最近読んでいたので、私の立論にもその影響があるかもしれない。
http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/jinbun/tanpin/5545.htm

『コンベヤーは止まらない』は、若者が既存の党派から独力でストライキをけしかける、というところでは、新左翼の台頭を予感しているのかもしれない。けれど、あらかじめ、新左翼の台頭を、挫折として描いてしまっているとも言えるのかもしれない。

大岡氏による演出も、挫折という物語を審美的に受け取ってしまうように観客を促す一面もあったように思う。疎外のスペクタクルというのは、そういうことだ。

作品が予告していたかもしれない新左翼的なエートスが、舞台の上で、三島由紀夫の『潮騒』をもおもわせるような若い二人の清楚さや直情の中に結晶されてしまう。

その一方で大岡氏による演出では、大企業の側の人間は、コミカルに描かれるか、冷淡さが誇張されるかであった。

それは、戯曲を忠実に舞台化したということなのかもしれないが、ある種の勧善懲悪的な図式が無批判に描かれてしまっていたとは言えると思う。

さしあたりそう結論してみて、「両義的な緊張」という言葉を棚上げにしてしまったのだけれど、その言葉にたどり着く道は、これまでの論述のどこかに開かれたまま残されているのかもしれない。

(4/21)